先 史
◎対馬島の誕生
更新世の中頃まで対馬はアジア大陸と陸続きでした その後 東シナ海が
だんだん浸入してきて およそ1万年前 更新世の末期に現在の朝鮮半島と
日本列島との間が切れて 対馬は島として誕生した
◎縄文時代
縄文時代は 採取 狩猟 漁労に生活の基盤をおいた時代です
対馬において代表的な遺跡としては 8体の人骨が発掘された志多留貝塚
(上県町)や 人骨の他 建物跡や腕輪 装飾具が同時に発見された佐賀貝塚
(峰町)などがあります
◎弥生時代
この時代の遺跡はや遺物は島内各地で発見されており 大陸との文化の交流
が如実に示されています 特に遺跡に多さ 分布の密度において三根浦と
仁位浦が島内で卓越しています
時代区分は少しずれており前者の主要な遺跡は中期・後期に集中し 後者は
後期に集中しています
弥生時代の代表的な遺跡としては 青銅の鉾や腕飾りが発掘された塔ノ首遺跡
(上対馬町)や 縄文末期から弥生初期にかけての住吉平貝塚(豊玉町)などが
あります
埋葬遺跡は 自然石を利用した平板な石の箱式石棺が多く 北部九州などに
みられる甕棺はほとんどみられません
◎魏志倭人伝
魏志倭人伝には三世紀日本の(弥生末期)頃の 日本の様子が書かれていま
す
この中に対馬の様子も書かれています
『居る所絶島 方四百里ばかり 土地は山険しく 森林多く 道路は禽鹿の径の
如し 千余戸有り 良田無く 海物を食して自活し 船にのりて南北に市テキ(商い
)す』
短い文章ですが 対馬の特徴をよく描写しています 古代から対馬は海洋を利
用して 大陸や九州本土を往来して 物資だけでなく文化も伝えるなど大陸との架
け橋の役目を果たしていたことがうかがえます
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